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しゃべろぐ

雑談ブログ。ガジェット・カメラ関係多め

若者の○○離れと消費の変化について

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消費が滞りについて言及する際に「若者の○○離れ」が槍玉に挙げられはじめて久しいですが、はたして本当に若者が消費をしなくなったのかというと、その点には些か疑問を感じます

 

消費する目的の変化

社会的ステータスとして

「若者の○○離れ」でよくピックアップされるのが「車・時計・活字」でしょうか。

 特に車や時計などは社会人のステータスとして見られることもあるので、そのような目立つ部分で消費が落ち込んでいるのを見ると「ああ、最近の若い人はお金をかけないんだな」と思う方もいると思います。

 

時代が変わったので、以前よりもそのような観点で見定められるということは減ったと思いますが、未だに一定の業界、階層には身につけているもので評価がある程度決まってしまうというはよくあります。

 

車や時計といったものは、もちろん「遠くへ行ける乗り物」や「時間をすぐに確認できる物」としての機能的部分で重宝される物ですが、上記のように「社会的なステータス」として時計・車を購入する場合も少なくありません。

 

ゆとり教育と失われた20年

ゆとり教育」と言うと今ではかなり印象が悪いイメージですが、当時は「今までの積み込み教育ではなく、個性を伸ばしていく教育をしよう」という趣旨で提案された教育方針で、割と前向きな意見が多いかったと思います。

その辺りから「個人」「個性」というのが尊重されてきたので、以前よりも他人のことはあまり気にせず、自分のやりたいことをやれば良いと考える傾向が増えていったのではないでしょうか。

別にこれは悪い意味ではなく、やりたくもない事に対してキチンとNOと言うことを、以前よりも主体的に行っているということだと私は思っているので、特に悲観的には感じていないです。

ちなみに私は昭和63年生まれなのでバリバリのゆとり世代です。

頻繁に教育方針が変わったりしたので、その都度振り回されました。

 

また、失われた20年と呼ばれる経済低迷も要因の1つかと。

バブルが崩壊してから日本は一気に不景気へと転落しました。

それまでは派手な生活をしていた人も借金まみれになったり、慎ましく生活をせざるを得ない状況になったりなど、国全体が暗いムードになってしまいました。

 

ゆとり世代の生まれ年はバブル崩壊直前くらいからなので、生まれてから不況だ不況だと言われ続けて育ってきたわけですから、自然と節制しがちになるでしょうし、お金に関しては現実的な思考になる傾向が増えるのもおかしいことではありません。

 

消費する対象の変化

 消費する目的という部分では社会的なステータスから自分に必要なものかという意識の変化が大きいのではないかということを言及しましたが、もちろん、それだけではなく消費する対象が変化したということも一因だと考えています。

 

無形物売買の増加

今ではiTunesをはじめとした音楽データや映画などの動画、ソフトウェア、ソーシャルゲームの課金など、データを扱う売買というのが一気に増えました。

 

iTunesも最初こそ「やっぱCDが一番だよな!」っていう層が多い買ったため、日本ではそこまで利用者は多くなかったと思いますが、ここ最近では完全に逆転してるでしょうし、しかも音楽に関しては音楽ストリーミングサービスが充実してきているので、CDを買うメリットが段々と少なくなってきているような気がします。

 

CD以外で曲を聴く手段が溢れ返っているいる現代では、あえてCDを買うにしてもCDを所持できる権利+αの何かがないとCDを買うメリットがありません。

だからこそ、AKB商法と言われるようなCDを一緒に握手会の権利を売ったりなどの抱き合わせ販売でないと売り上げが伸びない現状があるのでしょう。

 

 また、データの販売ということで言うとゲーム関係の増加が特に顕著でしょう。

 スマートフォン向けのソーシャルゲームに課金をする人は、通常のパッケージ版ゲームを買うよりも多くお金を消費する傾向があると思います。

ただ、ソーシャルゲームの特性としては、サービスが継続する限り常にアップデートがかかるので、長期間ゲームを楽しむことができます。

どちらの消費方法が正しいというわけではありませんが、データ上での売買が増えることで、実際の取引実態が第三者から判断しにくくなっていると思われます。

興味・趣味の多様化

昨今はネットの普及によってコンテンツが細分化されいます。 

当然、大多数の人が消費するカテゴリーなどは存在しますが、それ以外のマイノリティーのカテゴリが数え切れないほど増えたため、消費量も一緒に細分化されていったと考えられます。

 

テレビなどの映像コンテンツを例にしてみましょう。

 

昔のテレビは普通に人気番組は視聴率が30%や50%を超えていたりして、テレビは娯楽コンテンツの頂点にいたわけです。

しかし、最近は10%を切っている番組やドラマが多く見受けられるため、「当時に比べたらテレビ離れが激しい…」と嘆く関係者がいるかもしれません。

 

実際にテレビ離れをしているのかというとそれは事実だと思いますが、意図的にテレビからみんなが離れていったというよりは「娯楽コンテンツが増えたため単純にテレビを見る時間が少なくなった」のが一番のテレビ離れの要因だと思います。
 
昔はネット環境なんて一般家庭にあるわけありませんから、そりゃみんなテレビを見ます。他にやることありませんし。
でも今はYouTubeもあれば、動画配信サービスもあります。
もっと言ってしまえば、ゲームも普及しているし、スマートフォンでネットブラウジングなどテレビ以外に娯楽が溢れているわけです。
そんな中からあえてテレビを見てもらうとなると、今までより厳しい目で評価されるのは当たり前です。
面白くなければ他の娯楽を楽しめばいいのですから。
 
単純に「テレビ離れだ!」ってまるで最近の人が娯楽そのものに興味がないという感じで伝える番組などもあったりしますが、他の物に興味を持たない無気力人間が増えたのではなく「多くの人が主体的に自分が好きなコンテンツを探し、それを享受するようになった」だけであって、興味を持つことの絶対値が減ったとは私は思いません。
 
このように考えると「そもそも若者は本当に消費をしていないのだろうか?」と疑問に感じざるを得ません。
 

 まとめ

どの時代も「今時の若者は…」と言われるのは世の常です。

それは時代の変化によって生活スタイルや考えが変化することを若い世代は柔軟に受け止める反面、世代が上の人になればなるほどそれに追いついていけなくなってしまうから起きてしまう反対感情だと思います。

 

あと、ちょっと話逸れますが、たまに話題になる「理解できないゆとり世代の行動!」みたいなものも好きではないですね。

あういうのって同世代からしても理解できないただの変な奴だと思うので、世代丸ごとをカテゴライズする感じはちょっとなあと感じるところがあります。

若い世代だけじゃなくて高齢者の方だって変な人はいますし、それはどの世代だって一定数いるものだと思います。

単純に若い世代の方がやり玉に上げやすいというのがあるかもしれませんが。

 

まあ、つらつらと色々書きましたけど、若者のお金の消費量が減ったと思えないというのが僕の主張です。

むしろ昔より遊ぶのにお金かかっているのではないかと思うほどです。

時代が変化すれば、昔の習慣から離れていくのは普通なので、それに対して批判的になるのではなく、温かい目で見守ってくれるとありがたいです。

マーケティング的にも離れたことを騒ぐより、新しい興味を先取りする方がいいと思いますし。