しゃべろぐ

雑談ブログ。ガジェット・カメラ関係多め

創作活動におけるカメラの被写体依存度と無から生み出すクリエイティブ性



創作活動というものには色々と種類がありますが、私の場合は「写真」という表現方法を選びました。


一応四苦八苦しながらも自分の好きな写真とか撮り方とかをしっかりと理解しはじめてきた今日この頃ですが、創作活動をする上で「やっぱ敵わないなー」と思うことも多々あります。


今回は完全な雑談回です。
かなり適当に思いついたこと書いているので乱文はご了承ください。

カメラは敷居が低い

写真は楽にクリエイティブ感を味わえる良いツールなのでクリエイティブ活動しては非常に敷居が低いです。


ここ数年はスマホの普及によって「写真を撮る」という行為自体は多くの生活の一部になりましたし、SNSをやっている人にとって文章以外で自分を表現する方法、感動を共有する方法として写真撮影は本当に手軽な手段となっているでしょう。


そして、写真(カメラ)は一定のラインまでクオリティを上げるのも非常に簡単な活動です。


暴論ですがお金がある人は数週間あれば良い写真をある程度撮ることができるでしょう。


当然機材ありきで全て決まるわけではありませんが、数年・数十年苦労して培ってきた技術がお金の力で一気に解決してしまうかもしれないのがカメラの世界。


うーん、なんと世知辛い


プロカメラマンで食えなくなってしまった人が多いことにはこのような背景もあると思います。


一般人でもちょっと良いカメラを買えばそれなりのクオリティがすぐに生み出せてしまう可能性があるので、しっかりと技術を持っているプロの方は問題ないですが、「カメラを持っているから」というだけで仕事をしていた人たちにとってはハイアマチュア的な存在は非常に脅威に見えるかもしれません。


腕がある人でないと生き残れなくなってしまったのは競争社会としては正しい形ですが、中の人たちで内心穏やかではない人は多いと思います。

写真は被写体ありき

写真は被写体がなくては成立しません。


被写体という存在がなければカメラは突然存在意義が薄まります。*1


人物にしろ、鳥にしろ、電車にしろ何にしろ被写体がいないと成立しないカメラ撮影というのは被写体という存在にある程度依存をしないといけないのです。


ゆえに良い被写体を探すことが撮影をする上でかなりのウェイトを締めるというか、良い写真かどうかの切り口で考えるとその時点で半分くらい作業が終わってしまうのかもしれません。


被写体のないカメラはただの鈍器と化します。

絵を描ける人・音楽を創る人を尊敬してやまない

カメラにのめり込めばのめり込むほど「被写体ありき」という部分をひしひしと感じる一方で、以前よりも絵描きさん*2や音楽家*3への尊敬の念が強くなりました。


先に述べたように、写真は「カメラ」という道具と「被写体」がないと成立しません。


しかし、絵は道具と自分の想像力があれば成立しますし、音楽も楽器さえあれば作り出すことができます。


自分の好きな世界を創り出せることが素晴らしい。


まさにクリエイティブ。


カメラはあくまでも「目の前の情景」しか写すことができませんが、絵や音楽は世界そのものを構成することができるわけで、そのクリエイティブ性に関しては逆立ちしてもカメラは勝てないと感じています。*4


そしてカメラのように一朝一夕でクオリティを上げることも出来ないため、よっぽどの天才でもない限り何年も努力が必要なはずです。

作り込みをするためのもう一歩

写真は簡単にある程度のクオリティが撮れてしまうからそこからもう一歩進むためのアクションが非常に難しいと思います。


自分の好きな作風に「気がつく」ことや積極的に現像技術やライティングを学んでいく必要がありますが、そこの探究心がある人は本当にカメラが好きな人とかでないとまず無理でしょう。


自分に合うボディやレンズを求めて総額数十万〜数百万使うとか珍しくないですし、よっぽど年収が高い人でないと常に財布とのチキンレース状態になってしまいます。


そして、色んなメーカーや現像ソフトを使ったり、撮り方をあーだこーだと試行錯誤していく中で、なんとなく完成形が見えてきたらようやく一歩目踏み出したという感じでしょうか。


私が撮って出しをあまり使わない理由としては、RAWの方が現像の時いじりやすいとかあるんですが、なにより「カメラから写真を提供されている」という感覚が強いからというものもあります。
*5


写真を撮って自分なりに現像してそこまでして初めて「撮影が完了した」と実感できるので、撮って出しはどうも物足りなさを感じてしまいます。
ストレージは圧迫しないし現像の手間なくなること考えたら楽なんですけどね。


これはもう個人の趣味ですね。
撮って出しで極限まで現場で作り込むのはある意味ソフトで現像するよりも大変ですし、どこのタイミングで作品の作り込みをするかという問題でしょう。


RAW派 VS 撮って出し派の話は戦争が起きるのでこの辺にします。


どちらにせよ自分なりの作り込みをどこかの段階でしないと常に撮らされている写真ばかりになってしまうなあと日々痛感。


デジカメは性能が上がっているので、ある程度のレベルのカメラを買えば誰でも良い写真を撮ることができます。


ツールが優秀過ぎるが故にそこからもう一歩進んでカメラを扱うことがユーザー側にも求められている気がしてならないのであります。

*1:機械的な作りがどうとか、コレクター的な要素は置いておいて

*2:イラストレーター・漫画家・画家など全て含む

*3:こちらも広義の意味での音楽家。作詞・作曲を始めたとした様々な活動をしている人

*4:そもそもクリエイティブに勝ち負けというのはおかしいですが、あくまでも表現方法に制限がす少ない活動として見た時

*5:そんなこと言ったらRAWも似たようなもんだろという声も出てくると思いますがJPEGの方がその要素が強いという感じでしょうか