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しゃべろぐ

雑談ブログ。ガジェット・カメラ関係多め

黒石市写真コンテストについてとかあれこれ

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二転三転した写真コンテスト

最近茶の間を沸かせていますこの話題です。

この経緯や詳細に関してはニュースや新聞で大きく報じられていますので、この記事で説明をしなくてもみなさんはもう知っているでしょう。

コンテストの受賞内容を巡って二転三転した結果、最終的には該当写真が市長賞を得る形に戻ったわけですが、インタビューを受けていた遺族の父親が「賞を欲しいからこんなことをしているのではない」仰っていたように、この問題は単に賞を受賞するかどうかという単純な話ではなく、個人の名誉や写真コンテストへの不信感に繋がる騒動であったように感じました。

写真に関わる人に失礼

コンテストに作品を応募する人は基本的に受賞を狙っているはずです。
ただ、単純にそれだけではなく、地域の良さや写真そのものを多くの人に見て欲しいという人が多いでしょう。

私もコンテストには時々作品を応募するのですが、自分の腕を客観的に評価してもらいたいという気持ちや自分の作品が受賞することでその被写体(人物や土地)が再評価されればいいなという気持ちもあります。

アート作品のコンテストはそのコンテストの趣旨や審査員の好みに合った作品が選ばれるというのは当然ですが、今回の黒石市の問題は「作品のクオリティは素晴らしいく、趣旨に合っているのにも関わらず受賞から外された」というのが個人的に一番腹が立ちました。

会見で「色々と配慮をした結果なんです…」と釈明していましたが、そもそも一度遺族に公表する了承を得ているので、その説明も納得いくものではありませんでした。

単に事なかれ主義で波風立たないようにしたかったんだろと感じました。

私たち応募する側の人間からすると「写真そのもので評価されない」という事実が非常にコンテストへの不信感を募らせます。
まだ、審査員の好みで落とされるというのは理解できるんですが、今回のように写真とは関係のない部分で恣意的に受賞が取り消しになってしまうと、何を信用してコンテストに出せばいいのかわからなくなります。

一応、入賞取り消し撤回という形で一件落着ですが、黒石市という地名を今回の件で覚えた人(私も含め)は「ああ、あの写真コンテストの黒石市ね」と思う人も多いとでしょう。

地域の活性化を狙う写真コンテストで逆に印象が悪くなってしまうという、なんとも言えないもやもやする問題でした。

Facebookが歴史的な写真を次々削除

ここからはちょっと余談です。

ナパーム弾の少女について

今回の黒石市の騒動が起きるちょっと前にFacebook場でこんな騒動が起きました。

ベトナム戦争の悲惨さを写したナパーム弾の少女がFacebook場でポルノ扱い」

ナパーム弾の少女と言えばピューリッツァー賞も受賞した作品で、世界史で近代史を学ぶ際に教科書や資料集で必ずと言っていいほど掲載されている写真です。

撮影者はベトナム出身の報道写真家ニック・ウト・コン・フィン氏
ナパーム弾の少女という名で有名なこの写真は「戦争の恐怖」というタイトルで世界へ配信されました。

この写真は逃げ惑う子供達の表情に目が行きがちですが、後ろに広がる黒い煙がまるで彼らを追ってくるように感じられ、戦争被害者の恐怖感や不安を一枚の写真で表している歴史的価値のある写真だと私は思っています。

歴史的な写真が児童ポルノ

今回Facebook上でこの写真を投稿したノルウェーの作家・ジャーナリスト トム・エーゲランさんも当然この写真を邪な気持ちでアップしたのではなく「戦争に対する世論を変えた8枚の写真」の1枚としてナパーム弾の少女を選びました。

しかし写真を削除したFacebook側の主張としては問答無用に児童ポルノ判定し削除
その後ノルウェー国内で報道関係や首相も巻き込んで抗議をしたが、抗議文と写真を掲載した投稿はもれなく削除されたという。

最終的にはFacebookに批判が殺到したため、「裸の子どもの画像は児童ポルノとみなされる可能性がありますが、今回は歴史的、世界的に重要性があることを理解しました」として削除はしないことを決定した。

Facebookは結構やりとりをした後にこの写真の歴史的な価値を理解したらしいです。

写真撮影をしなかったりジャーナリズムに溢れたりしない人でも、この写真のパワーというのは 感じるでしょうし、何よりピューリッツァー賞取ってますからね。
歴史的な価値があるなんて知りませんでしたという弁解はあまりにもお粗末です。

確かにFacebook側の言い分である「子どもの裸」というのは児童ポルノに該当する可能性は非常に高いです。
ただ、どのようなアルゴリズムを組んでいるかわかりませんが、一律に削除するのではなく性的道徳観に反するかどうかとう部分を検討してないのであれば今回のような問題は今後も起きるでしょう。

2つに共通する問題点

黒石市の話題から始まってベトナム戦争の写真にまで話が広がってしまいましたが、黒石市にしろ、Facebookにしろ問題点は「写真の表面上しか見てない」という部分が共通するでしょう。

黒石市の方は写真は単純に地域の素晴らしさを伝えるというだけでなく、自殺してしまったという事実の風化を防いだり、自殺の防止する運動をもっと加速させるきっかけになったでしょう。

ナパーム弾の少女は凄惨な戦争の事実を世界に叩きつけ、各国を平和主義へと進めるきっかけを作ったかもしれません。

写真には被写体を上手く写しているという表面的な部分と、写真にまつわるバックグラウンドという二面性を持っています。
メッセージ性の高い写真ほど濃厚なバックグラウンドがあることは多いです。

みなさんも展示会などで写真を見た時に「誰が・どこで・なぜ撮ったのか」ということを調べたり妄想したりしてみてください。

そうするとまた一味違う写真鑑賞の楽しみ方ができると思います。