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東京都無電柱化推進条例に対する賛成と寂しさ

先日、都議会で「東京都無電柱化推進条例」が可決され、条例として成立しました。

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施行は9月1日からということなので、今年の秋から冬にかけて工事を始め、2020年の東京オリンピックを目安にほとんど地中化を目指すのでしょう。

私自身、地震が起きるたびに「電柱なんて危ないもん取っ払った方が良いよな」と思っていましたが、なんとなく寂しい気持ちもある。

今回はそんな内容の雑談。

電柱が無くなったらどうなるの?

メリット

まずは景観がスッキリするでしょう。
日本は数メートル置きに電柱があり、ふと上を見上げると電線が張り巡らされている国なので、遠くまで見やすくなることは間違いないです。

あとは、災害関係でしょうね。
電線が切れて感電する危険が少なくなるとか、電柱がなくなるから地震で倒壊した電柱で負傷する人がいなくなるでしょう。

地震・台風・火山・竜巻・津波などこの世の災害を網羅しているような日本にとって、被災した時の被害を少しでも少なくできるのであれば対策しない手はありません。

心配な面

全面的に無電柱化は酸性なのですが、これから進めていくとして不安な面があります。

まずは、コストの問題。

ただでさえ東京都は築地豊洲問題で湯水のように税金をつぎ込みまくってますし、東京オリンピックの費用負担問題でもおそらく当初想定したよりもお金が必要になっているでしょう。
この2つはもはや後戻りはできないレベルの問題なので、やりききるしかありません。

そもそもなぜ電柱がこんなにも日本に多く存在しているのかというと、工事費が地中に埋めるよりも安くて手軽だったからという理由に尽きます。
となると、既に電柱で張り巡らされている街を無電柱化するコストというのは想像を絶する費用になるのではないかと心配しています。

僕は今はもう都民ではないので東京に税金収めてないですが、一応日本の首都なので財政に関しては破綻しない程度に頑張ってほしいです。

他にどうなるのかなーって心配しているのはメンテの手間が増えたり、何か問題があった時に復旧するまでの時間がかかるんじゃないかというもの。

今までは電線が外にさらされていましたが、それが地中となるとこれまでより手間が増えそうなのは想像できます。

流石に一箇所に問題が置きたとしても補完しあって電力供給が途切れるということが起きないように設計はするんでしょうが…

無電柱化は良いと思う。でも寂しい

最初に述べたように無電柱化には賛成です。
どんどん進めるべきだと思います。

しかしなんだか寂しい気持ちもあります。

例えばこれ

この写真は電線をメインの被写体として撮影した写真なんですが、電柱がなくなるとこういう写真撮れなくなっちゃうなあと思ったわけです。


この写真は多分電柱が無かったら写真として何か被写体が足りない感じになっていたかもしれません。


電線・看板・国旗がカオスになっている感じもきっとスッキリしちゃうんでしょう。


まあ、何が言いたいのかというと、街のスナップ写真を中心に撮影している身としては被写体が一つ無くなってしまうということにノスタルジー感じているということなんです。

当然、そんな一般ピーポーが抱く感傷的な気持ちよりも、日本国民の安全を守るほうが遥かに有益なのですが、今まで当たり前にあった物を無くすよって宣告されるとちょっと寂しいです。

もう条例は成立してますし、これからどんどん電柱が無くなって行くことを考えると、積極的に電柱が写っている写真を撮って未来における「昔の日本の風景」を残すことに従事しようかなと考えちゃいます。

都内の電柱写真を撮り歩いていつか「東京電柱」って名前で作品集でも出そうかしらん。