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しゃべろぐ

雑談ブログ。ガジェット・カメラ関係多め

「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」を哲学する

ストライクウィッチーズといえば「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」という有名なフレーズがあります。

まあ確かにパンツじゃないなら恥ずかしくないのかとか納得しそうになりましたが、このフレーズについて何故か色々と深く考えてしまったのが事の始まり。

※この記事は適当な戯言なので気になることがあっても軽くスルーしてください。またストライクウィッチーズをアニメ・劇場版しか見てませんし、見たのは数年前なので記憶が曖昧な部分が多々あります。
ご了承くださいませ。

パンツが恥ずかしい理由とか色々

羞恥心はどこから発生するのか

「パンツじゃないなら恥ずかしくないもん」と言っていますが、正直どう考えてもパンツにしか見えません。

しかし、彼女達の世界ではあれはズボンでありパンツじゃないんです。
だから恥ずかしくないと。

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なるほど。

なので彼女達には当然あの格好に羞恥心は生じておらず、周りの男性達もとりわけ興奮することはありません。

これは「パンツ=恥ずかしい」という認識だからです。

そもそも恥ずかしいという羞恥心はどこから発生するのでしょうか。

例えば、私達現実世界でもストライクウィッチーズのズボンのように水着と下着の違いというのがあります。

表面積は水着もパンツもほぼ同じなのに水着は恥ずかしくないですね。

でもパンツだと恥ずかしい。

じゃあこの羞恥心の違いは何なのかというと、本能的に局部を隠さなければと判断するというよりは、その人がいる文化圏によって大きく左右されてるわけです。

その国や文化圏において性的なタブーや個人の深いプライバシー情報に踏み込むような部分を荒らされる時に羞恥心を感じると私は思います。

世界中の殆どの国は「パンツはむやみやたらに見せるものではない」という考えのもと文化が育まれていると思いますが、中には女性も上半身裸が当たり前だったり、特定の場所なら裸でも問題ないとか(ヌーディストビーチなど)必ずしも下着や裸を見られることが羞恥心に繋がるとは言い切れません。

こう考えて来るともはや「パンツから想起される身体のパーツについて性的興奮している」のか「パンツはエロいという概念の元、パンツそのものに興奮をしているのか」よくわからなくなってきます。

ちょっと余談ですが旧約聖書でアダムとイヴが知恵の実を食べた事によってお互いが裸ということを認識し体を葉で隠します。

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これは知恵の実を食べたことによって人間としての自意識を手に入れたからということが言われていますが、羞恥心に関しては知識を得たからなのか葉で体を隠したから生まれたのか諸説あります。

どちらにせよ知識というものが身についたからこそ羞恥心が生まれたというわけです。

文化とエロ

羞恥心だとかエロを語る上で欠かせないのが芸術や文化との関係性。

エロに寛容だったギリシア・ローマの時代は男女問わず裸体の芸術品が多くあります。

ダヴィデ像とかミロのビーナスとか有名ですね。

しかし、このエロというのは現代におけるR-18的なエロさというよりは、いわゆる官能的で芸術性の高いエロなわけであって裸体は裸体ですが決して性的に興奮するわけではなく純粋に格好いいとか美しいと感じます。

多分上記の2つの彫刻は衣服をまとった状態でも評価の高い芸術品には違いないでしょうがそれは違う評価となっていたでしょうし、ここまで世界中の人を魅了する作品なっていたかわかりません。

また、エロと文化というのは彫刻や絵画だけでなく小説などの文学にも大きく影響を及ぼしています。

文学は挿絵などがない限り読み手の想像力に左右されますが、その方が読み手の想像力限界まで妄想しますので挿絵があるよりもエロく感じたりすることも多々あります。

渡辺淳一さんの作品なんかまさにそれ。

失楽園〈上〉 (角川文庫)

失楽園〈上〉 (角川文庫)

愛の流刑地〈上〉 (幻冬舎文庫)

愛の流刑地〈上〉 (幻冬舎文庫)

内容が結構エロいというか性描写が多いというか。

だからといって下劣な無いようなのかというとそういうわけでもなく小説として楽しめる内容になっているのでファンも多く存在します。

このようにエロティックさというのは芸術作品を更に高める要素もあるので、切っても切り離せないものだと私は考えています。

性というは人間の3大欲求の1つですし、それが脳を刺激するというのは至極当然なことだと思います。

エロティカと表現の自由

「じゃあ、とにかくエロくしてしまえばええやん!」と安直に考えてしまうのはまた危険なことで、過去に日本で表現の自由に引っかかるとして裁判で争われた事件もありました。

それが「チャタレー事件」

法学部生なら憲法の授業で必ず聞いたことがあると思います。

この事件を皮切りに表現の自由という憲法に守られた権利が公共の福祉に反するか否かという議論が熱くなってきます。

チャタレー事件について

事件の大まかな内容は下記の通り。

イギリス人作家のD・H・ローレンスの作品である「チャタレイ夫人の恋人」を日本語に翻訳した翻訳家と出版社が刑法175条のわいせつ物配布罪にあたるのではないかと問われた事件。
結論から言うと最高裁で被告は負けてしまうわけですが「わいせつとは何か?」という定義について未だに語り継がれるくらい重要な判例です。

ちなみに最高裁で定義されたわいせつとは「いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的同義観念に反するもの」と述べられました。

ただ、この事件は昭和28年の事件なので現代と比べると性に対する道徳観念はお硬いものだったと思います。

実際に、その後のわいせつ物に関する判例はチャタレー事件事件のようにガチガチに規制するものではなく、わいせつ性の表現があったとしても芸術性・思想性などの内容を鑑みて総合的に判断しようというのが主な判例の流れとなります。

チャタレー事件の基準を当てはめてしまうと昨今のR-18系作品どころか映画・小説にまでエロティック表現を規制してしまうわけでHENTAI大国ニッポンとしては非常に困りますね。

ちなみにわいせつ物頒布罪における「頒布」や「公然陳列」の定義というのが「不特定多数の人間に交付すること」や「不特定多数の人間が認識しうる状態におくこと」ということなのでコンビニにおいてあるR-18雑誌は良いのか?という議論に繋がるわけです。

コミケなんかも正直グレーゾーンだとは思いますが、そもそもコミケに行くような人は一般人ではなくそのような薄い本を求める特定層というくくりになるでしょうし、成人している人が殆どだと思われるので個人的には問題無いかと思いますが、国が変に「クールジャパン」を推しすぎて監視の目が突っ込んでくるようであれば最悪入場には事前登録制で年齢確認がされるというシナリオも0ではないと思います。

そうなったら絶対コミケつまらなくなるでしょうから困ります。

コミケはカオス感が楽しいのに。

「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」を哲学する

これまでつらつらと書きましたが結局は「羞恥心を刺激するか否か」というのがエロの境界線であり「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」というフレーズはまさにそのエロの境界線の上で行ったり来たりする文言なのです。

どう見てもパンツだしそんな姿で空を駆け巡るなんて恥ずかしいですが、パンツじゃなくてズボンであるからその恥ずかしいという気持ちを抱くのはおかしいと言い聞かせているというのが彼女達の状態。
新しい環境の常識と自分が育ってきた常識や文化との間で困っているのです。

ユーザー(私達)からしても明らかに面積の少ない状態で常にキャラがいるわけだし当初は「何だこのとんでもないアニメは…」と感じた人も多いと思いますが、回を重ねるに連れて段々とそんな気持ちもなくなり、その姿が普通であるかのように錯覚をし始めます。
長ズボンを履いているキャラ達を想像して違和感を抱くようになり、逆に「履いているから逆にエロい!」という領域にまで発展するレベルです。

「裸が見えるからエロい」「逆に見えないからエロい」のではなく、常識に反している姿がエロいと感じるため、性的観念というのは時代や国・文化によって大きく左右される事となります。
これはエロと背徳感との関係性であり、2つは切っても切り離せない存在。
少なからずその「いけないことをしている」という感覚が性的興奮を高めるのであれば基本的に一般常識と相反する存在ということになります。

前項で渡辺淳一先生についてちょっと記載をしましたが、失楽園にしろ愛の流刑地にしろ、一般常識を破ってまでもお互いに求め合うという背徳感が読者に感染して非常に官能的な作品として出来上がっている側面もあると思われますので、エロというは基本的にその時その時の常識を如何に破るかというのが重要なのでしょう。

ストライクウィッチーズのエロカテゴリも

  • 下半身はパンツのような物だけを履いている姿に興奮する
  • 見た目はどう見てもパンツだけど普通にその姿を晒しているという状況に興奮する
  • 設定上パンツではないので必死に「これはパンツではない」と言い聞かせる姿に興奮する

など「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」というフレーズの中にも多くの要素が含まれています。
もしかしたらもっとあるのかもしれないけど私には思いつきませんでした。

何気ないフレーズの中に含まれている要素とかを細分化して分析していく作業って面白いですよね。

ちなみに私はバルクホルンとミーナさんが好きです。
カールスラント空軍最高。